大阪フェスティバルホールコンサート11/5

    去年 大阪のサンケイホールブリーゼでのコンサートがあったのが
    9月28日。
    それから 今年は神戸で3月1日にコンサートをしていただけるということで
    とても楽しみにしていましたが コロナウィルスというものが広がって
    もう今年は無理かなぁと思っておりました。

    私の諦めも早く 家籠りでの時間も充実してしまい
    逆に出て行くのが怖いくらいの気持ちではありましたが
    五郎さんが大阪で コンサートをしてくださる、ということで
    勇気を出して行ってまいりました。

    大阪フェスティバルホールというのは
    今回 私は初めてだったのですが
    レッドカーペットが敷き詰められた大階段があって
    ゴージャスな雰囲気でびっくりしました。
    会場もとても広くて とても立派なホールでした。
    このような立派なホールでコンサートをしていただけたことにも
    感謝だと思いました。

    そして今回は さらに有難いことに
    席も前の方で五郎さんが はっきりと良く見えました。
    感謝感謝です。

    今朝 出勤する前に勢いで
    自分の掲示板にご報告を書いたのですが
    時間が経つと また違った思いが湧いてきます。
    ずっと 五郎さんが話してくださったことを
    考えているのです。

    そして思う。
    こういう時代だからこそ
    直接会って 歌を聴き 話しを聴き 見て 感じることが
    大切なのではないだろうか、と。

    それが出来ない時代だからみんな苦労していらっしゃる、ということは
    百も承知で申し上げることです。
    ですから それが出来た自分は
    ほんとうに幸せですし感謝しかない、とも思います。

    コロナ禍で コンサートをされることも
    本当に大変だったと思いますが
    五郎さんは決断してくださいました。
    しかもいつもよりストリングスのお嬢様がたくさんいらっしゃって
    演奏もより豪華にしてくださいました。

    五郎さんがご自身で 人が集うためのテイクアウトライフというものも
    開発されされたということも大きかったのではないかと思います。
    それもこれも 人に逢って「あなたに届け~~っ」と歌いたい、
    伝えたいと思うことがたくさんおありだからではないかと思うのです。

    色んなことを考えるのですが
    五郎さんについての色々な大きな出来事が
    五郎さんを突き動かしていらっしゃるように思いました。

    それはいったい何だろう、とついつい考えてしまうのですが私が思うのは 
    ひとつは
    「ファミリーヒストリー」にご出演されたことではないかなぁ、と思うのです。
    お父様の人生 お父様の夢、お父様の思いを
    五郎さんが悟られたこと。
    自分の夢は自分だけのものではなかった。
    父親の夢でもあったんだとはっきりと知ることとなりました。

    もうひとつは秀樹さんが亡くなられたこと。
    あんなに 痛々しいまでに泣いていらっしゃる五郎さんを拝見し、
    (もうあの頃は 常に鼻声になられていました。)
    最初は 五郎さんが 秀樹さんのことを そんなに好きだったのか・・・と
    思ったのですが
    五郎さんは あれからよくおっしゃってました。 
    秀樹さんが自分のことをいつも守ってくれた、と。
    秀樹さんが自分のことを大切にしてくれたこと、
    愛してくれた、ということが
    五郎さんにあれほどまでの涙を流させたのだ、
    あの涙は 秀樹さんの愛だったのだなぁ、と
    最近は思うのです。

    そして三つ目は ご自分が
    命に関わるご病気をされたことではないかと思います。
    運良く 早期発見で 治療をされた
    このことも 大きかった、と思うのです。

    そして今年は京平先生が亡くなられました。
    108曲もの作品を五郎さんに作られている、
    五郎さんが師匠と言われる京平先生まで
    天に召されてしまったのです。

    命には限りがあります。
    かけがえのない人たちからのたくさんの愛を受けた分
    その人たちの思いを背負って
    五郎さんは生きていらっしゃる。

    けれど こういうことも思いました。
    この世にいなくなっても
    愛を送り続けることが出来る。
    五郎さんを見ているとそんなことにも気づかされます。

    今回のコンサートでも
    お父様のこと 秀樹さんのこと 京平先生のこと
    色んなことをいっぱいお話してくださいました。

    デビュー前のことから アイドル時代のことまで。

    余談になりますが すごくおもしろかったのは
    衣装の話
    「離せ~っ」 「離さない~」
    この時の 五郎さんの表情 今思い出してもツボにはまる~~!!
    面白過ぎて笑う~~っ
    近くて 良く見えた~~っ(笑)
    全部言えなくてごめんなさい~~~っ

    京平先生の話しは
    五郎さんのお気持ちが良く分かりました。
    五郎さんは 特別でしたものね。

    私が知りたかったお話。
    京平先生に25歳になったら
    アメリカに行くといいよ、と言われたということを
    ブログに書いていらっしゃいましたが
    どうして師匠の言われたことを守られずに
    行かれなかったんだろうと ずっと考えてました。
    有難いことに五郎さんがその答えを話してくださいました。
    師匠の言われたことを 実行したかったけれど
    出来なかった理由を 教えていただけて
    胸が切なくなりましたが 納得できました。

    五郎さんは何かに突き動かされるように歌っていらっしゃる。
    初心に戻られたような感じがしましたが
    そういう言葉で言い表せることではない。
    大きな愛の力に突き動かされている。
    そう思います。

    本当に 素晴らしい歌声でした。
    五郎さんは 歌う喜びにあふれているように見えました。
    私も とても幸せな気持ちになれましたし
    諦めていた夢を取り戻せるような気持ちになりました。

    私たちファンは 長く五郎さんの歌声とともに生きてきました。
    主人に 焼きもちを焼かれますが
    考えてみたら主人に出逢うずっとずっと前から
    五郎さんとともに生きてきたのだから
    家族みたいなものだから 許してもらいたいです。

    しかし どんなに 自己主張したとしても
    ファンはファンであり 名もなき野の花のようなものです。

    けれど 間違いなく
    ともに生きてきた人生の道連れでもあります。
    五郎さんはよくわかってくださっていて
    私たちのことを
    みなさん、とは言わずに貴女、と言ってくださり
    大切にしてくださいます。

    ですから 十分なのです。

    五郎さんの歌やお話は 人生の道しるべになります。
    私は私で その道しるべを頼りに
    自分の道で輝けるよう頑張らねばと思います。

    また五郎さんに逢いに行きたいと
    今から楽しみにしています。
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    中之島の丸福珈琲店で友と
    静かに語らいました。
    日頃の行いが良いものですから
    晴天に恵まれ暖かく
    素敵な一日でした。
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