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    法要

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    あまりに凄まじい日々が続いたので
    必死で駆け抜けた日々でしたが
    今年の予定の大きなイベントは
    無事に終了しまして
    今はもう放心状態といったところです。

    まぁ とにかく 今年もすごかったですけれども
    なんとか乗り切った、といったという感じです。
    これからは自分のことを充実させたいです。
    振り返ることもたくさんありますが
    これから書いていこうと思います。

    主人の父が亡くなって一年経ちますので
    10/5に法要をしました。
    お坊さんに来ていただいて 有難いお経をあげていただきました。
    父も母も きっと喜んでくれていると思います。

    大切なことなので ちゃんと出来てよかったです。

    今回は お花代が前ほど かけられなかったのですが
    出来る範囲ですが 一対にお花を飾ることができました。
    なんでも 自分でしなくちゃ、と やっています。

    時代はすごい勢いで動いて行きますが
    ナンタラpay、ナントカpay、・・・という何種類もある分は
    私も三種類 使えるように自分で準備できました。

    仕事をしているうちは 新しいものもドンドン取り入れて
    ついていかなくちゃと思っています。
    新しいものには とりあえずチャレンジ。
    まだまだ 大丈夫だ~~っ

    しかし 人間がやること、
    手動で動けること、が さらに大事になります。
    だから 何でも自分で出来て
    困らない自分であろうと 日々努力、です。

    そしてこのような法要も
    とても大事なことだよなぁと 思っています。
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    母を連れて下関へ帰る。

    7/31 より 母がこちらに来て過ごしていましたが
    今日田舎に連れて帰りました。

    母は 毎日 洗濯物をたたんだり
    茶碗を洗ったり
    草取りをしてくれたりしました。
    86才でも まだまだとっても元気で
    有難いです。

    楽しみは やっぱり食べることでしょうか。
    そんなに食べないから・・と言いながら
    いっぱい食べていました。

    毎日母を連れてスーパーに買い物に行きました。
    母は お買い物が楽しかったみたいです。

    母はもう とっても自由な感じです。
    なんというか 「自由」という言葉でしか言い表せない感じです。

    でも 私は 母が大好きなので
    母と過ごせる時間が嬉しかったです。

    母はずっと朝から晩まで働いていて
    私はいつもさみしい子供時代を過ごしました。
    "お母さんのそばに いつも居たい"、と思っていました。
    だけど なぜか それが叶わない人生でした。

    この年になって やっと 
    母のそばでゆったりと過ごす時間が与えられるようになりました。

    そっか・・・
    この時間は ご褒美の時間だったのだなぁ・・・。
    ようやく こんな時間がいただけたのだなぁ・・・・
    年を取らないと いただけないものもあるんだな、と。

    10日間はあっという間に過ぎました。
    母は楽しかったと喜んでくれて
    帰りたくなさそうでしたが
    やはりそういうわけにもいきません。

    姉が 必死で母を守ってくれているので
    私は安心しています。

    また泊まりに来てほしいと思っています。

    親の姿は自分の将来の姿のような気がして
    とても気が引き締まりました。

    うれしさと せつなさとが入り混じって
    頑張らねばと気合いを入れる日々でした。

    母には これからも元気でいてほしいと思います。
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    長府の忌宮神社に母を連れてお参りに行きました。
    今 ‎数方庭祭というのをやっていました。
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    お参りして 心も晴れやかに。
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    いつも ニワトリと鳩と遊ぶのが楽しみです。
    鳩は 我が家のピーちゃんより
    人に馴れているような気がします。

    母と過ごす。

    7月31日に 下関まで母を車で迎えに行き
    ずっと母と過ごしています。
    家族の理解があればこそですので
    ほんとうに有難いことだと思っています。

    母はとても元気で 食欲も旺盛、
    洗濯物も干してくれるし たたんでもくれるし
    草取りも 茶碗も洗ってくれます。

    やりたいことや できることは
    好きなようにやってもらえればいい、という考えです。

    ただ いつも 付いて歩いて確認します。
    そして毎日 母を連れて晩御飯の買い物に行くのが日課です。

    私は とにかく 朝から晩まで
    食べることをどうしようかと 頭が走ります。

    残念なことですが
    私に ご飯を作って食べさせてくれる人は
    いなくなりました。

    でも 母は何事にも意欲があります。
    カラオケも連れて行きましたが
    腹の底から声を出し
    ハイテンションで 大喜びでした。

    外出も大好きです。

    私は3日間の連休でしたが
    ずっと母といっしょに動きました。
    母の話もずっと聞いてすごしています。

    母は とても自由な人です。
    年を取るごとに 自由になります。

    自由に動き 自由に話し 自由に歌う。

    母の姿を見て
    自分はいかに年を取るべきか、
    考えさせられますし教えられる気がします。

    特に私は 息子二人ですから
    しっかりとしていなくては、と思います。

    息子しかいない私は
    こんなに自由ではいられないと思います。
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    アマリリスが また咲きました。
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    庭には ナナフシがいます。
    不思議な虫です。

    帰郷。

    今日は下関の実家に戻り
    母を連れて長門まで 父のお墓参りに行ってきました。

    最近では 母が電話に出ることもなくなり
    電話しても姉しか出ないため
    帰らないと母の声も聴けないようになりました。
    前に置いていた母の番号は整理され
    姉の家の番号だけになってしまったので
    母に電話してほしい、と言っても
    もうだんだんとよくわからなくなって
    子機もないから 自分では出来ない、と
    なさけないことを言うのですが
    それくらい 母も年を取ってしまった、
    ということでしょう。

    結局帰らないと母の声も聞けない状態になっていて
    なんとも切ないものだなぁ、と思いますが
    元気にしていてくれたので安心しました。

    負けてなるものか、と思いながら頑張っている、と
    言っていましたが
    その気迫で 母は生きているんだと思います。

    長門にお墓参りに連れて行ったら
    母は涙を流して喜んでいました。

    長門でお食事をして
    せんざキッチンなどを回って帰ってきました。

    親孝行できてよかった、と
    連れて行ってくれた主人には感謝しています。

    帰りに 豊田町の藤棚に立ち寄り美しい藤をながめ
    ほっ、とする予定でしたが
    次男から 財布がなくなった、という連絡が入って
    ほっとする間もなく すぐに車で光に向かいました。

    でも 母と別れた後のことで
    母に心配をかけずにすんでよかったです。

    なかなか心が休まらない
    切ない今日この頃です。

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    ご飯の話

    今日は日舞のお稽古と仕事で
    朝から大忙しでした。

    家事をして
    着物に着替えて日舞のお稽古に行き
    帰ったら着替えて 買い物に行き
    仕事に出なければならないので
    私は晩御飯の支度に追われていました。

    今日は夜勤のため
    家にいた次男が

    「お母さんもう晩御飯を作るん?」と声をかけてきたので
    少し息子の反応を試してみたくなり

    「そうよ。これから仕事だからね。
    しゅんくんとまーくんが結婚してくれれば
    お母さんも 食事の支度が楽になるんだけどね~。」
    と 言ってみました。

    "そうだね~お母さんも大変だから
    僕も考えないとね・・・・"
    とか 言ってくれるじゃないかと 期待してました。

    すると息子が言いました。

    「でも お母さん。
    結婚した相手が
    ご飯を作ってくれない人だったらどうするん。」

    「・・・!!」Σ(゚д゚|||)

    そんなこと 考えたこともなかったので
    言葉を失いました。

    そっか・・・
    そういう場合もあるかもしれないな・・今の時代だもの・・・・

    もし そうなったら・・・・
    弁当を買いに行きなさい~、とか思ったんですけど

    それって 私がご飯を作って 
    ご飯を食べさせる人の数が さらに増えていく、ってことじゃあ・・・・
    。゚(゚´Д`゚)゚。

    あぁ もう 
    夢も希望もない話だわ~、と思いつつ
    情けなくて笑った~~

    それ以前に
    こんな調子で結婚する気がない息子たちに

    これは何かのバチが当たったんだわ・・・と
    思う私です。

    とほほ。


    いつか良いご縁子がありますように~~っ。
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    こちらは 最近購入したハンギングバスケットです。
    これからお花が咲く予定です。
    楽しみ~っ。

    安らかに。

    今日は 義父の四十九日の法要でした。
    お坊さんに来ていただいて
    法要をした後、お墓に納骨も済ませました。

    残された者の責任を果たして
    少しホッとしました。

    天国で 自由に動き回って
    お義母さんと逢って笑っていてくれることを願います。

    今日の夕日はとてもきれいで
    思わず団地のいつもの場所から眺めました。
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    団地から降りていくと
    びっくりするような大きな赤い夕陽だったものですから
    今度は砂浜まで走って
    沈む夕日を見送りました。
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    あっという間に日は落ちていきましたが
    今日の海にはたくさんの人が来ていて
    魚釣りをする人や
    遊びに来られた親子連れ、
    一人で海を見に来られた若い女性など
    にぎやかな海で 驚きました。
    id_6153895441.jpg

    空高く。

    10月8日の夜中、2時頃に
    義父が亡くなりました。

    2010年、義母が肺がんで入院中、
    一人の自宅で倒れていました。

    義母が「お父さんが来ないので心配だから見て来てほしい」と
    電話してきたので 同じ町に住む私の姉に訪ねて行ってもらったところ
    寝室で倒れていた義父を発見。

    姉には それ以来頭が上がらないのです。
    ほんとうに よくしてくれました。
    命の恩人です。

    けれど 倒れていた時間が長かったとのことで
    右半身麻痺と 言葉が出せない障害が残りました。

    あれから8年。
    思えば長い年月でした。 
    父には試練の日々でした。
    現実を受け入れることが難しかったと思っています。

    たくさんの方に助けていただきました。
    途方に暮れることだらけでしたけれど
    いつも どこからか救いがありました。
    ほんとうに 感謝しかありません。

    血管を通す手術もして
    一時期は回復にむかっていたのですが
    最後の頃には もう足の先は壊死していました。
    肺炎もあって微熱が続きました。

    9月の定期検診で
    医者に これ以上はもう 打つ手がない、と告げられました。
    これで看取りになります、という言葉を受け取りました。

    それでも義父は ご飯はちゃんと口から食べていました。
    義父は ものすごく頑張っていたんだと思います。
    最後の一か月は  その姿に
    生きることを教えられた気がします。

    父としての威厳と 男気を感じる一か月でした。

    人は 生かされているのだと思いました。
    これは間違いなくそうだと感じました。

    お葬式は家族葬で行い、 
    身内で父とのお別れをしましたが
    ほんとうに苦しんだ父をみんな知っていましたので
    もう十分頑張った。これでお義母さんのところへ行けるね・・・と
    みなさんが言ってくださいました。

    どう生きてどう死ぬのか。
    大事なことだと教えられます。

    そして人生はプラスマイナスゼロ、なのです。

    義父には 心より
    「ありがとうございました」と
    心で語りかけました。
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    こちらは今日立ち寄った永源山公園です。
    10月の空は優しい、と思いました。

    長門へお墓参りへ

    昨日は 長門へお墓参りに行ってきました。
    母を連れて 私の父のお墓参りに行ってきました。

    お盆も近いのですが
    私は仕事ですし
    主人が連れて行ってくれるというので
    実家に寄って 母も一緒に行ってきました。
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    長門の法連寺と言うところです。

    お寺の奥さまに挨拶に行きまして
    病気で入院していたことや
    なんとか元気になったことを母が話しましたら
    母のことをとても励ましてくださいました。

    「私もあなたも 気が強いから生きているんです。
    生きていればいいんですよ。」と。

    結局 気力なんだと思います。
    負けてなるものか、と 生きているんだと
    母を見ていると思います。

    父には
    「お願いしますよ。ちゃんと見守ってください。」と
    手を合わせました。

    父にだけは そんな風にお願いします。

    お願いしたらいけない、とか よく言われますけど
    父だけは 絶対お願いします。
    何が何でも 
    あの世に行ったからこそ
    ちゃんと責任を果たしていただかなくては、と。

    そんなことを考える自分が可笑しいのですが
    この世で思いっきり甘えさせてくれなかった分
    ちゃんと面倒を見ていただきます。(笑)

    母もとても喜んでいました。
    苦労してきたのに やっぱり父がいいみたいです。
    顔が良かった、とか 優しかった、とか
    悪いことはすべて忘れて 父を恋しがります。

    お参りをしたあとは
    せんざキッチンに行って買い物をして
    浜屋というお店で昼食をいただいて帰ってきました。

    長門には縁があります。

    母が救われたのも
    長門の病院に入院したからかもしれません。

    もしかしたら 父が あちらの世界で
    母に 「お前は生きろ」、と
    一生懸命がんばっているのかもしれません。

    そんなことを思うと
    つい ホロリときてしまう私です。

    せんざキッチンで 母と私、
    アイスコーヒーと ソフトクリームの乗ったソーダを
    主人に買ってもらって食べたのですが
    母の口に ソフトクリームを アーン、って 入れて食べさせていたら
    そこの職員の方が見ていて 笑顔の反応をされた、と言って、
    母が
    「私が ボケ老人に見えたんじゃろういね~」って、気にしていました。
    私は 母と食べれて嬉しかったんですけどね。

    母が歩くのを見守るのが必死なので
    せんざキッチンの写真も撮れませんでした~っ。
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    こちらは浜屋での昼食です。
    さすがに北浦のお刺身は美味しいです♪

    母恋し。

    今日(昨日になってしまった)、
    母を下関に連れて帰りました。

    私が運転して下関に向かう道すがら
    母がそばで鼻をすするものですから
    調子でも悪いのかな・・と思ったら

    母が「涙が出る」というものですから
    私も とても切なくなりました。

    毎日 とても楽しく嬉しかったそうです。
    ずっと居たかったみたいでした。
    そんな母を 私は連れて帰らなければならない。

    姉が家を取り
    私は嫁に出た。

    小さいころから
    私は母がいつも恋しかった。
    どうしたことか
    なぜか母のそばにいられない人生でした。

    それでも やっとこの年になって
    こうして 何日かは 母と静かな時間を持てるようになった。
    母が病気にも負けないで
    こうしてがんばって生きていてくれるのは
    私が まだ 母との時間が足りない 足りない・・・と
    思っているからなのかも知れません。

    実家に帰って 母に
    「じゃあ帰るね」と言うと
    「私も一緒に帰ろうかしら」と言う。

    連れて帰りたいけれど
    そういうわけにも行かない。

    なんて人生って切ないのだろう・・・・と思います。

    きっと 私の人生は
    お母さんが恋しい~、って思いながら
    終ってしまうんでしょう。

    だけど有難いことに母はまだ元気に生きてくれている。
    だから この 神さまが与えてくださった時間を大切に
    私は生きようと思います。
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    こちらは母が生けてくれたお花です。
    本当は真ん中に薔薇があったのですが
    しおれてしまって 取ってしまったのですが
    とても優しい雰囲気で生けてありました。

    母が帰ってしまったら
    急に寂しくなって 泣きたくなりました。
    困ったものです。
    何歳になってもこれだから・・・。

    母、奇跡の復活。

    14日より 私の母がこちらに来ています。
    24日に 下関に連れて行くつもりですが
    この一週間、母と穏かな時間を過ごすことができました。

    今年の一月
    母がお腹の中で 卵のようなものが転がる・・・
    ということに気づき 病院に行きました。
    悪性リンパ腫ということが告げられ
    これこそ晴天の霹靂、という気持ちでした。
    元気と信じ切っていた自分がいたからです。

    それからは姉と しばらくはパニックになりました。

    母は入院となり 転院もして
    治療をしていました。

    今は病院の先生も 本人に病名を告げられます。
    隠しようがありませんが 本人も淡々と受けとめたようでした。

    厳しい状況でしたが
    薬がとても効いたようです。
    母も とにかく
    生きるんだという 意欲を常に持って頑張ってくれました。
    110才までいきるんだ、と いつも言ってた母でしたので
    負けてたまるか、という気持ちで闘ったようです。

    まさに奇跡の復活です。

    こちらに来ても
    前と変わりないように 草取りをしてくれて
    また庭がとてもきれいになりました。

    洗濯物も干してくれるし
    茶碗も洗ってくれます。

    無理をしないでね、と言うと
    自由に動けるから楽しい、と言って笑ってくれます。

    本当に有り難いことです。

    母との穏かな時間が 持てるようになったものの
    私としては まだまだ母との時間が必要です。


    神様、ありがとうございます。

    そう 心で手を合わせて
    母と過ごす日々です。

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    母を連れて 団地から夕焼けをながめました。
    母は とても喜んでくれました。

    母、衝撃を受ける。

    今年に入ってからというもの
    衝撃的なことが続いています。

    まず
    あれほど元気だと思っていた母が
    病気だった、という事実が発覚し
    とても信じられなかったんですが
    けっこう深刻だったので
    そばにいた姉は 心痛も大きく
    嵐のような日々になり
    本当に大変な思いをしていました。

    が、母の事で 大騒ぎしている最中に
    今度は娘が6月に結婚する、という話しをしてきたそうで
    そんなこと考えてもいなかったらしく
    もう姉は あっちこっち あれやこれやと
    未だかつて経験したことのないことのオンパレードで
    大パニックになっていたようです。

    母も退院してから薬が合わずに
    具合がものすごく悪くなり
    しばらくは苦しみまして
    母曰く
    「死ぬかと思った」
    とのことですが
    その後 驚異的に回復してきました。

    そして そんな母に
    娘の結婚のことは まったく話さずにいまして
    式も近くなってきて
    「いつ話すの?」と聞くと 
    「うん もう話すから」と姉。
    色々と姉も大変だったのでしょう。

    母曰く
    「明日は門司まで行くからねとお姉ちゃんが言うから
    どうしてそんな遠いところまで行くんかね、って聞いたらね、
    "〇〇ちゃん(姉の娘)の結婚式に行くから"って言われて・・・ 
    もう びっくりしたんよ」

    これには みんなで爆笑ものでした。
    そりゃあ衝撃的すぎる~~

    母は 信じられないくらいとても元気になってきており
    わたしは生きるんだから!! と 前向きな言葉が口から出るようになりました。
    どこからそんな気力が湧いてくるのか不思議なくらいですが
    そのすさまじい気力で 病気を克服している気がします。

    そして母は詩吟をやっていたものですから
    毎日 大きく息を吐いて・・・吸って・・・とやっていた とのことで
    大事なのは呼吸なのよ!
    詩吟をやっていたからよかった!、
    と 力説していましたが
    私も なるほどその通り、呼吸は大事だなぁと思います。

    ところが
    母の元気っぷりとは対象的に
    今にも倒れそうな 顔面蒼白なフラフラな状態で
    姉が登場。
    前日からどうにもならないくらい
    体調を崩していたらしいのです。

    どうなるかと思ったのですが
    姉も根性でがんばって
    無事に結婚式と披露宴は終了しました。


    孫がバージンロードを父親と歩いてくる姿が見えると
    母は嗚咽して泣き始めました。
    母が泣くものだから
    つられてみんなで泣いてしまいました。

    とっても素敵な新郎新婦でした。
    そして私の姪は 本当に可愛いですから。(笑)

    それにしても人生は 衝撃的なことばかりなんだなぁ~。
    生きて起こることは 小説よりも奇なり。

    そして 悲喜交交。

    なんだか笑い話のようでもありますが
    みんな 必死で生きており、
    愛おしく感じられます。
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    披露宴に飾られていたお花をいただけました。
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    若き二人に幸多かれと祈ります。

     命日

    2013/5/7  5時37分  私の父は亡くなりました。
    私は父のそばで 旅立つ父を見送りました。

    前日の夜 10時すぎだったでしょうか
    もう 危ない、と 姉から連絡が入りました。
    私は一人で下関の市立病院まで運転しました。

    それが出来たのは
    かつて 主人の母が入院しており
    一人で運転してお見舞いに行ったことがあったからでした。

    母が入院していたとき 自分がお休みだったので
    行ってみようと思い
    初めて一人で運転して 病院に向かったことがありました。
    しかし走っても走っても下関にたどり着けませんで
    王子のパーキングで途方に暮れてどうしようかと思ったことがありましたが
    なんとか諦めずにたどり着いて義母に逢えました。

    その経験があったので まったく困らずに
    たどり着くことが出来て
    亡くなるまで 傍で付き添えました。

    もう何の反応もなく眠っているような状態でした。
    けれど
    私が「お父さん!!」と声をかけると
    血圧がパッと上がりました。
    声は ちゃんと聞こえているのだと思いました。
    だんだんと血圧は下がっていきましたが
    声をかける度に 一瞬跳ね上がります。
    夜通し 声を掛け続けましたが
    静かに波が引くように息を引き取りました。

    今日は 命日でした。
    あれから五年ですが もっと昔のことのような気もします。

    日々の仕事が大変で
    必死の日々が続いています。

    他のことが考えられないほどに
    こんなにも仕事が大変なのは
    前に進むための 神様のご慈悲でしょう。

    母が 今年に入って病気と闘っています。
    大好きな母を 守りたい気持ちでいっぱいです。

    母が もしも天国に旅立つことがあったとしたら
    私は もう何も思い残すこともありません。

    そのことを思います。

    命は無限ではありません。

    だから 人としての誇りを持って
    きちんと 真面目に
    生かされる限り 胸を張って
    課せられた人生を生き抜きます。

    どうか そばで

    どうか すぐそばで
    見守っていてください。
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    里帰り

    主人が 通販で たくさんの蟹の爪を購入したので
    田舎のみんなにも食べさせてあげたいと言ってくれたものですから
    昨日は田舎に帰ってきました。

    私が 晩御飯の仕度をすると宣言したものはよかったのですが
    普段は使っていない台所を使ったものですから
    道具も材料も 揃わなくて
    主人が何度も買い物に行ってくれて
    なんとか仕度ができました。

    母も退院して週一回通院で点滴をしていますが
    食べるものは美味しいようで
    少しずつですが回復に向かっています。

    姪の二人とも 久しぶりに一緒にご飯が食べれてうれしかったです。

    主人と義兄は コップにお酒をいっぱいに注ぎあって
    あーこりゃこりゃ、と(笑)
    飲み放題で盛りあがっていました。

    久々の実家でのお泊りでしたが
    食べることの仕度にかかりっきりで
    田舎の景色の写真も撮っていませんでした。

    光に帰ってきて庭の花を眺め、
    ホッとしました。

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    ライラックの花が咲き
    甘い香りが立ち込めています。
    沈丁花のあとはライラック。
    甘い香りにうっとり。
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    こちらの桜と木瓜は 義母が田舎から持ってきたものです。
    枯らしてはならないと 私も必死で守っています。

    明日は。

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    明日は義父のお誕生日なので
    アレンジを生けました。

    明日 届けようと思います♪
    お誕生日には お花、だと
    私は この一年は決めてます。

    生けていたら 
    スイトピーの花がポロっと・・・・

    がーーん

    とれやすいので これからは気をつけなくちゃ。

    義父も80を過ぎましたが
    今は健康面では安定しています。

    沢山の方の力を借りて
    私たち夫婦は生活できている、ということを忘れず
    常に感謝の気持ちで動きたいと思っています。

    神さまへ

    神さまへ
    お願い申し上げます。

    人生、生まれて死ぬまでで
    プラスマイナスゼロだと言われております。

    神さま
    私の人生は
    母のそばに ゆったりと添えたことがございません。

    母は小さい時から
    ずっと 家族のために
    朝から晩まで働いておりました。

    私の望みは ささやかなものでした。
    母のそばで生きることでした。

    けれどそれが難しい人生でした。

    私は 母に誇りにしてもらいたくて
    勉強も習い事も頑張りました。

    そして地元に残ることを望み、就職し、
    結婚しました。

    けれど 
    目には見えない何か大きな力が働き
    私は地元を離れることとなりました。

    流浪の人生です。

    里帰りしても
    嫁ぎ先があまりに近かったために
    母のもとに ひとりで帰らせてほしいと言えませんでした。

    そのため 親子水入らずの時間もろくに持てないまま
    父を見送ってしまいました。

    ですから
    どうか

    どうかもう少し時間をください。

    母に寄り添う時間をください。

    まだ私には 母との時間が短すぎるのです。
    これでは プラスマイナスゼロにはなりません。

    どうぞ 神さま
    ご慈悲をいただきますよう
    お願い申し上げます。

    ささき のりえ
    ************
    id_5600050951.jpg

    今日も 母が入院している美祢の病院に行ってきました。
    長門の病院が開いたら そちらに転院だそうです。
    とりあえず月曜日に退院し
    長門のベッドが空くのを待つそうです。

    私は 長門であろうがどこであろうが
    母のもとに行って 母を安心させたいと思います。

    おかげさまで痛みもなく
    ご飯も美味しく食べられるそうです。

    神さまのご慈悲がありますように。

    写真は美祢のシンボル
    宇部興産です。

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